昨日、日曜劇場「半沢直樹」最終章が幕を下ろしました。
社会的ブームとなったこのドラマ、ドラマはファンタジーであるので、現実社会と照らし合わせるにはかなりの無理がありますが、企業人としてはいろいろと参考になったことと思います。
それにしても敵役の大和田常務の負けっぷりは圧巻でした。私としては上司、上役がどのように追い詰められたとき行動するのかといった観点もたいへん興味がありました。会社に入ったときは誰しも希望に燃えて、夢を持って出発しているはずですが、組織の上層部へ行けば行くほど組織の制度や文化に取り込まれ、埋め込まれることによって、がんじがらめの状況に陥って行きます。そして背に腹は変えられないという状況からさまざまな知恵をふりしぼって違法なことに手を染めるようになる可能性もあります。
そういった観点からコンプライアンス違反は起こってくるのでしょうが、またそういった行為や行動を正当化する価値観を持つようになっていくのです。認知的不協和を是正するためにそうせざるをえないのです。組織の上層部に行けば行くほど強固なモラル、倫理思考を持っていなければ必ずその罠に陥ってしまいます。そのことは部下の立場からは理解が難しいのは当然です。まだ組織の風土に埋め込まれていないからなのです。もちろんコンプライアンス違反の出発点は個人的なことがらから始まっていますが、それがどんどん大きくなると組織的にそれを隠蔽せざえない状況に周囲が巻き込まれていきます。
ある知人を介して聞いた話ですが、その会社は財務的には完全に破綻状態にあり、粉飾を繰り返しながら、なんとか会社は存続しつづけているという話でした。なぜそんな会社が存続できるのか、それは銀行と経営者一族のずぶずぶの蜜月関係でした。銀行側もそういった状況であることはわかっているにもかかわらず、目をつぶって融資し続けているのです。もちろん会社側は会社更生法を適用するなら多くの社員とその家族は路頭に迷うという状況になってしまいます。したがってそういう選択肢はないのです。またそういった同族経営で旧き時代からずっと勤めてきた社員はそういった水に慣れていて、真実を知ろうとか、会社の業績などはあまり関心がありません。すべてがなあなあの関係なのです。社員はうすうす感じてはいても、わざわざそのことを口に出すことは社内の異端分子としてレッテルを貼られることを認識しているので暗黙のタブーとして誰も話題にあげないのです。
欧米の企業が役割や業績重視の経営であるのに比べて、日本の企業は人間関係がとても重視され、その関係から派生的に組織の文化や風土が造成されていきます。その状況下ではもう人間は埋め込まれて身動きがとれず、負の遺産を覆い隠したり、取り繕う作業をしつづけるしかできなくなるのです。そういった悪しき慣習を壊して正常な経営を取り戻すには基本的に組織内からの力では到底及びません。自浄能力を失った状況では組織の多くの構成員は被害者というより加害者の立場に立っているからに他なりません。内部告発者の葛藤はそこにあります。倫理的に人間的に受け入れられないことがらに少なからず加担してきたという現実を向き合わなければならないからです。また内部告発者はその後企業から放り出され、結局行き場をなくすという流れも多く、なかなか組織自体が自分の力で正常化するというのは困難です。
日本は結局黒船頼りになるのです。組織と利害関係のない第三者によってしか変えることはできないということです。本来は融資先の銀行がその役割を担わなくてはならないのですが、銀行に不良債権が多いのは企業と銀行もまた互いに利害関係を同じくしてることと蜜月の人間関係が出来上がってしまうからなのです。人間関係というのはとても難しいテーマです。信頼関係を築くためにはよく知り合って、理解しあって密着しなければ難しいのです。しかし密着しすぎると今度はNOと言えない関係になってしまい、いつの間にかすべてを容認するカタチになって気がつくと取り返しがつかない状態に至っているというわけです。
ドラマ半沢直樹では大和田常務という役員の個人的な事情からの背任行為が問題になっていますが、企業においては経営者自身がそうである場合も多いのです。昨今の不祥事を犯した企業を見ると経営トップからとんでもないワンマンでコンプラ違反を社員に強要していたということがあります。ただ大和田常務の実績を考えると、融資先との人間関係に埋め込まれず、冷徹にやってきたことで、出世してのし上がってきたということは言えるかもしれません。銀行は減点法での評価であると聞いたことがありますが、人情に流されず、あくまで実績のみを追求するにはそれくらいの人でないと残れないかもしれません。すべてが結果主義の銀行では正義感を押し通す人間性のある半沢直樹のような行員はそもそも存在できないかもしれません。冷徹もしくは逆に人間性のある行員はずぶずぶの蜜月関係で虚構の財務状況を容認する危ない橋を渡り続けていくかないのかもしれません。
主人公に話を戻しましょう。どんどん悪事をあぶり出し、追い込んでいく凄みのある半沢直樹の闘いはすさまじいものがありました。これは多くの企業人は痛快、爽快な感覚で楽しんで見れたことでしょう。視聴者の多くはこのように行動できたらどれほど気持ちいいだろうかと思いながら見ていたことでしょう。その一方で、所詮ドラマ、実際はこんなことできないよと諦めの心境に陥る人もいることでしょう。せめてその時間だけは現実逃避してスカーッとした気持ちを味わい、ストレス解消ができれば何よりです。
ドラマはファンタジーですので、ドラマを現実社会に当てはめて論じるというのも無理はあります。ただ現実で起こっている理不尽なことがらを社会的に多くの人びとに認知してもらうという観点ではとても意義深いことであると思います。ある経営者はドラマはつくりものなので一切見ないという人がいます。実際、彼は会社ではまったく社員と話が通じず、浮いた状況になっています。ドラマは事実とは違っていたとしてもそこに学ぶものもあるので、素直に取り込まれてみるのもいいかと思います。
実際の社会で半沢直樹のような社員が企業で生きていけるのかというと意見が分かれるところです。おそらくNOという人が多いのではないかと思います。もちろん私はNOです。そういった社員を見たこともなければ、自分がそのようにふるまうことも無理だと思うからです。半沢直樹はドラマの中ではヒーローですが、実際彼一人の力では何もできません。まず彼をとりまく力になる同僚、そして精神的にサポートしている妻に、直属の上司、極めつけは組織トップの頭取の存在です。そもそも組織のトップが問題を起こしていてそれを変えるには革命しかありません。あるいは下剋上、クーデターです。
大企業などは一般社員には経営トップがどんな人なのかも上っ面しかわかりません。でも会社規模が小さく社長と一般社員の距離が近いとその経営者ができるのかダメなのかは比較的分かりやすいのです。直属の上司がダメでも社長が素晴らしければその会社は希望があります。でも経営トップの社長がダメならその会社には希望がありません。そういう面では半沢直樹はその組織内で戦う意義はあります。そもそも頭取がだめなら彼のような人材は使わないでしょうし、彼は離脱して他の企業に行くほうがいいでしょう。
組織で半沢直樹のような人材を上層部がどう見るかです。問題をあぶり出し、経営を正常化する逸材と見るのか、問題を起こし、組織を振り回す問題児と見るのかです。前者のような見方ができる人は相当器の大きい人です。後者は保守的で人間関係も波風立てず無難に過ごしたい人です。そういう面では中野渡頭取は腹のある人です。ただ現実の社会では前者はほとんどお目にかかることはできません。あんなに正義感が強く、モチベーションも高く、決して屈しない屈強な精神力の持ち主でなおかつ良識があるような人はまずいません。人間関係も組織でもうまくやっていける人はやさしい人で空気を読むし、強い言葉が使えません。逆に問題をすぐ起こす人は空気を読まず、人の気持ちを無視して平気でキツイことが言えます。そして強くてワンマンで自己中心的です。その両者のいいとこ取りしたような人格の人はなかなかお目にかかれません。
寝食忘れ、命がけで悪に立ち向かう刑事や正義の味方は現実にはいません。正義感が強いだけで命をかけれる人なんてほとんど世の中にいないのではないかと思います。半沢直樹はなぜあそこまでできるのか、それは父親が大和田常務に見殺しにされたという怨みの情がベースにあるからに他なりません。半沢直樹のモチベーションはそういった負の遺産から来ているのです。そもそも倍返しという概念も仕返しとか復讐という言葉にオブラートをかぶせたような感じです。
ほとんどのドラマが善悪という設定で弱者がいじめられて、強い悪に対して最終的にはやり返すという流れの復讐劇がほとんどです。ハリウッド映画や香港映画のように悪を完全に粉砕して潰すというのとは半沢直樹が違うのはその結末にあります。最後に頭取による人事では大和田常務は降格、半沢は出向人事という内容でした。罪を憎んで人を憎まず、情状酌量の人事です。このことでこのドラマが単なる復讐劇でないことを物語っています。お手柄なのに出向人事という理由はドラマではまったく明かされず、視聴者の判断に委ねてあるわけですが、そこには適材適所という企業の論理やさらに深読みすると中枢に入れると持て余してしまう人材であるという意味もあるかもしれません。
以前流通系の会社で役員をしていた知人から聞いた話で、頭がよくて、できる社員は採らないという話も思い出しました。とにかくそういう社員はできるので将来異端分子、反乱分子にならないとも限らないということでした。独裁色が強い組織でイノベーションは必要なく、何も考えず日々のルーティンをきっちりする、そういう会社ほど執行部はそういう思考になるように思います。銀行も中枢に行くほど、言われたことがきっちりでき、それ以外の不必要なことはやらないほうが喜ばれる硬直化した組織風土もあるのかなと思ってしまった結末でした。
まあ確かに半沢直樹の出向人事は妥当で、より中枢部で管理職なんかやっていたら、それこそストレスがたまって、どうにもならないかもしれません。つねに戦っている人にはそういう職場が合うのかもしれません。半沢も正義の味方ヒーローと同じで、確かに戦隊モノのヒーローがやがて戦いを終えて管理職になるなんてシチュエーションは想像つかないですからね。
いずれにせよ、現実を忘れさせてくれる楽しいドラマでした。次回作に期待しましょう。
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