特定秘密保護法案と日本版NSC(国家安全保障会議)の設置は具体的には戦争への下地づくりに他ならないと考えられます。こういった法案や機関が国民にどのような影響を及ぼすかは、すでに隣国の韓国や中国を見れば一目瞭然です。政府の方針に対して反対意見や反対集会など、もちろんブログやホームページ、SNSに書き込みしただけでも取り締まりの対象になります。
例えば韓国では下記のようなことが起こりました。
「竹島は日本の領土」と書き込んだ 「親日派」韓国13歳の少年検挙
http://www.j-cast.com/2012/09/07145698.html?p=all
確かに韓国は朝鮮戦争以後の冷戦構造で北と対峙しなければならない立場から徹底した思想統制と反体制運動を弾圧してきた歴史があります。今はそれは北朝鮮だけでなく、日本に対しても向けられています。もし今後日本が中韓に対峙するために思想統制、反体制運動の弾圧に積極的に乗り出せば、当然韓国の逆のケースが想定されます。
「独島は韓国の領土」と主張したら当然取締りの対象になるはずです。もちろん民団や朝総連も日本政府の主張とは違う思想、考え方ですから、監視の対象になるわけです。まあすでにそうなのかもしれませんが・・・。
断っておきますが、もちろん私は日本人ですから、日本政府の認識と違いはありません。ただ問題としているのは、日本政府の国土や日本国民としての意識ではなく、日本に住んでいる人びとに対するアプローチ手法についてなのです。日本国民が日本を愛し、誇れるのは、反対意見や異質なものがあったとしても決して感情で行動したり、暴力でそれを解決しようとしないところです。私個人としては日本で繰り広げられるヘイトスピーチは、隣国の過激な反日運動の自粛といっしょに求めるべきものであると考えていますが、そういったことに嫌悪感を感じるのは日本人として理解できない行動であるからだと思います。それでネット上にはそういったヘイトスピーチを行っている人びとはホントに日本人なの?という疑問が呈されているわけです。
もしかすると、日本政府は隣国に対して、外交レベルでの問題解決はもう困難と結論を出したのかもしれません。安倍政権の法案通過の手法を見ていると、一刻を争う戦争前夜のような焦燥感を感じます。国民に反対意見を述べさせる猶予を与えることはできないという状況です。間違いなく武力をもっていてもアジアの統制を実現させるしかないという方向を感じます。隣国の感情的で理性的に話し合いができないという状況を考えると外交筋や政府の意見はもう一致しているのかもしれません。もちろんあくまで私個人の推測に他なりませんので、ひとつの見方としてとらえてください。
戦争ということを想定した場合、必要となってくるのは国民の思想統制です。いろんな意見があってコンセンサスを得れなければ、国家としては目の前にある危機に対処することができないからです。民主主義は戦争を始めるにはとても不利な政治体制です。やはりファシズムや旧共産圏のような体制がやりやすいことは誰の目にも明らかです。実は右も左も似ています。どちらも国民自体は自由がなく抑圧された状況にあり、人間の自由意思は洗脳によって全体の目的達成のための思考に置き換えられます。したがって集団凝集性は高く、戦争という方向に向かうようにもっていきやすいのです。
テレビのドラマにしろ、映画にしろかならず善悪という対立軸があって怨みという感情的なパワーを自分たちが正しいということで正当化し相手を倒すということの高揚感はドラッグに匹敵するくらいの快感をもたらすのです。(断っておきますが私は経験はありません。)アメリカでは戦争をやると大統領の支持率は急激に上昇します。おそらく日本も隣国の長い反日運動に辟易としていて、もしかすると安倍政権がホントにアクションを起こすと支持率はさらに上がるかもしれません。アメリカはキリスト教が主流ですが、汝の敵を愛せよという考え方は実際の現実生活では適用されません。韓国もキリスト教が盛んですが、そういった考えにはなりません。
日本でのテロ活動は実際には一部のカルト教団くらいしかありません。反日を掲げている国は世界でたった二つの国だけです。他の国はほとんどが親日的でアメリカと同調していてもアメリカのように標的にはなりません。日本も危ないと考えるのはアメリカ的発想から世界を見てしまうとそうかもしれません。中国人も韓国人も日本で反日運動をすることはありません。また日本を知っている外国人が反日運動をすることは実際には考えにくいわけです。もちろん日本人が相手国に行ってデモなどはしません。そもそもデモをしそうな人を受け入れないはずです。
さまざまな保守系評論家は国民の危機意識の欠如を言いますが、それは国民ではなく政府と官僚がどう考えるかです。一般の国民を取り締まるとしたら、反社会的組織に対する監視は必要であると思います。なぜなら彼らは日本国民の生活を脅かす存在だからです。政府の方針や方向性に反対意見を述べる人びとまで取り締まると国民の半分から三分の一くらい取り締まるようになります。単に野党の数が反対意見と考えればそういうことです。
いずれにせよ、この度の法案、機関設置は今後武力行使が可能な、すなわち戦争への準備に他なりません。そのためには当然思想統制と反対運動の封じ込めが必要となるわけでそのための法律と考えられます。戦争とは半ば国家主権を守るための正当防衛ととらえるプロパガンダがありますが、視点を変えれば集団で行う人殺しに他なりません。これは現実に体験した人に聞けば、とんでもない後遺症を伴いますし、まともな精神状態では絶対に行動できない状況に置かれます。まさに残酷な現実を見せないようにオブラートに包んであいまいにさせなければならないわけです。戦争には洗脳やドラッグといったアイテムは必須です。まともにシラフで行動できるものではありません。人間性の麻痺こそが戦争に参加できる前提条件となるのです。
最近は直接地上戦などというものは減り、遠隔操作による攻撃などはほとんどゲーム感覚になっているかもしれません。あの状況もある面敵を倒すという高揚感に浸って非現実的な空間になっているはずです。実際、現場では罪のない人びとが殺されていたりするのですが。ただ日本国民として肝に銘じておきたいことは、実際命令し、号令をかける人は前線にはいないという現実、そして戦争に負ければ戦犯ですが、勝てば英雄になるのだということです。私たちの人生は決して国という大義名分をかざす一部の独裁者のために翻弄されてはいけないということです。国という名の一部の独裁者が標榜する方向に反対することを反国家的だとかレッテルを貼られることは避けなければならないのです。私たちは国のためとか国を愛するということは国民全体のコンセンサスの上に成立するのだということはを識しておく必要があると思います。
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