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2014年4月19日土曜日

リーダーはだれよりも熱く、したたかたれ!

今日は私の経験をふまえて、リーダーとは最低こうあるべきだという一つの提案をしていきたいと思います。世の中に完璧なリーダーというのは、いまだにはっきりと言及することはできません。いろんな学者がいろんなタイプのリーダー像というものを提示し、いろんな経営者が経験にもとづく持論で理想的なリーダー像というものを言及しています。それでも万民が納得するようなリーダー像というのは特定できないのではと思います。

知的で論理的、いつも冷静な判断ができるリーダーもいれば、逆に感情的で人間臭いがみんながインスパイア(行き過ぎると洗脳とも言われる可能性もありますが)されるようなカリスマ性のあるリーダーもいます。

ただ日本では自分で起業した創業者でなければ、どちらかといえば独裁的に力づくで組織を引っ張っていくようなパワーのあるリーダーより、人間関係のバランスをとりながら上に上がっていった生え抜きのリーダーが多いように感じます。なぜなら前者のようなタイプは組織の中でいつのまにか浮いた存在になり、昇進のレースからは外される可能性が大きいと思うからです。もちろんそういった人材をうまく組織のトップまで上り詰められる組織は相当組織の上位者たちや同僚においても器のある人たち、あるいは学習することでそういった人材の活用を善しと認めた組織なのかもしれません。

いずれにせよ、上司との関係、部下との関係、そして同僚との関係そして取引先からの印象までもたいへんいい評価を得ているバランス感覚のいい人が組織においてはヒエラルキーを上りつめていく人であると考えてもあながち間違いではないと思います。

ところで今日のタイトルは`リーダーはだれよりも熱く、したたかたれ!’というものです。当然一見するとワンマンで独裁的、わがままでやりたいことは絶対引かずにやり遂げるというイメージがあるかもしれません。当然、だれよりも熱くというのはそういう要素が往々にしてありますが、したたかという観点はやはり空気を読んでバランスよくという話になるのです。当然両方の要素が重要ですが、今日は後者のバランス型のリーダーが陥る問題に関して言及したいと思います。

もともと組織のトップになる人というのはまず業績も重要ですが、そのベースとして、上司として部下から信頼されているというのは絶対必要条件であると思います。部下からの信頼もなく、自分の上位者へのおべっかばかりやっている人はいずれ化けの皮がはがれ、長期政権はむずかしいというのは想像に難くありません。すなわちより上位者が認める前に部下から、同僚から信頼を得られない人はまず上司、組織のトップ、すなわちリーダーとしてふさわしくないだろうというのはだれも否定しないことと思います。

例をあげると、最近数字選択式宝くじのCMがドラマ仕立てになっていてとてもわかりやすいかと思います。ご存じない方はYou Tubeに動画が出ていますので参考にしてみてください。柳場敏郎氏と妻夫木聡氏が演じる上司部下の話です。簡単に紹介すると、尊敬していた上司が役員たちの前で自分の非を認めないことで部下である自分が責任を追及されるのではという危機に立たされるという流れです。最終的には主任であった部下が部長に昇進し、部長が部長職を解かれるというオチがついているのですが。

まあここまでわかりやすく露骨な内容はあまりないかとは思いますが、あのCMをみてかなり共感している人は多いはずです。たとえば上司の指示で行っていた業務であるにもかかわらず、問題が起こったときそんな指示をしたことはないと上司が上役に弁明したり、ひどい場合は部下に対して自分が指示したにもかかわらず、そこまでやれとは言ってないとか苦し紛れの弁解をするといったこともあります。実際、私も部下の立場でそういう体験は何度かしてきました。そのため、問題が起こる可能性が想定される場合はまず、

①反対の意思表示をしてやらない。
②それでもやる場合、全責任をちゃんと上司がとることを確約させる。

絶対にやる価値がなく無駄、あるいは上司が責任を全く持たないが頑固でやらせようとする場合、

③やると言っておいて絶対にやらない。あるいはやってダメだったという証拠をつくりあげる。

などケースバイケースで要領よく対処することをおススメします。

思いつきが激しい上司の場合は特に注意しなければならないのは、指示しておいてホントに指示したことを忘れてしまい、関心さえもっていないといったケースもあります。少なくとも上司が自分より年上であるならば、間違いなく自分より頑固で感情で動いたり忘れることも多いということです。そう思っていれば、自ずと部下の立場でどう対処したらいいかはわかってきます。

とにかく企業にかかわらず、あらゆる組織にはそういった理不尽なことがたくさんあります。頑張っている部下社員が受ける理不尽なことを総合して言うと、いわゆる

‘梯子をはずされる’

問題です。

このことは上司部下という関係だけでなく、人間関係においてよくあることです。私の経験から言うと同僚の上司への不満を上司へ代弁してあげたところ、同僚の問題もあって、結局上司と私がバトるカタチで問題が膨れ上がり、同僚はほとぼりが冷めた頃、自分にも非があると上司と直接的なケンカもせず和解という流れでした。そのことをしった他の社員も私に同情的で彼に対しては不信感をつのらせる結果となってしまいました。

またSNSなどでも似たような事例があります。私が友人のコメントをフォローしたところ、彼は私に賛同、ところがそのあと彼の友人(女性)が私に反論し、彼は手の裏返したように彼女をフォローし私をいさめるコメントを出し、私がブチ切れるということがありました。私は彼の一貫性のないというか人の意見に簡単に左右されコロコロ考えが変わっていくところに不信感をもち、その後一切フォローすることは辞めました。

基本的に私は理不尽なことには当事者以上に熱くなってなんとかしてあげたいという意識が強いのです。結構やりすぎて問題も起きましたが、自分の信念に基づいての行動だったのでまったく後悔していません。ただいろんなことを学習したことは無鉄砲な行動を抑制する要素となっていることは否めません。別に保身に走ったり、保守的になるということはないので、よく言えばよりしたたかになった、もっとよく考えて行動するようになったと自分では考えています。

また感情的になりやすい人やちょっとしたことにすぐひっかかってムカついたりキレたりする人で、気をつけなければならないのはその感情から出る言葉に振り回されてしまうリスクを回避しながら対応しなければなりません。感情から出る言葉というのはとてもパワーを持つのです。したがって真に受けて行動すれば、その人が受けるほどのものではなかったということがあります。これも経験上言えることですが、ものすごく感情的になった人の話を直接聞くと、素直な人はとんでもない理不尽なことで許せないと当事者といっしょにあるいはその人以上に熱くなってしまうことがあります。でも気をつけなければならないことは感情的になりやすい人は時間を置くと冷めやすいということがあります。すなわち瞬間湯沸かし器のように熱くなりますが、保温ポットのように高い温度を維持することができないのです。実はそれで本人はバランスをとっているのです。当然沸騰した状態にずっとあるとそのうち血圧が上がってブチッと血管が切れてしまうかもしれません。だいたい感情的な人は熱しやすく冷めやすい性格になっていると言っても過言ではありません。

そういう感情的で熱しやすく冷めやすい性格の人には、いっしょになって感情的になったりしないということがとても重要です。すぐ人を振り回してしまうし、素直な人は振り回されてしまいます。そういう状況になるとわかっている人はそういう人からは距離を置いて、必要な時だけ対応するという状況になっている人が多いと考えられます。実はそういうことが明確にわかると周囲はさりげなく周囲は距離を置いたり、ひどい場合信頼を失っていたりします。

‘梯子を外される’問題はあらゆる人間関係において起こるのですが、これが上司部下の関係において起これば最悪です。リーダーとしての信頼は地に落ちてしまいます。

ここまで部下あるいは同僚との関係において言及してきましたが、それはどこまでもその部下やフォロワーの気持ちや立場が理解できなければ上司としてリーダーとしての役割を果たせないからです。すなわちリーダーは少なくともフォロワー以上の情熱とそれを持続させる力を持ちえていなければリーダーで居続けることは不可能だということを言いたいのです。フォロワーがリーダー以上の情熱を持っていれば、もうすでにリーダー・フォロワー関係は逆転しています。

リーダーがリーダーの役割を果たし続けるためにはだれよりも熱く燃えていなければなりません。それは感情的で瞬間湯沸かし器ではダメなのです。時間とともに冷めるような状況では部下はだれもついて行かないし、フォロワーは興ざめして、フォローすることを辞めてしまうでしょう。瞬間湯沸かし器ではなく時間をかけて沸かす、すなわち考えに考え抜いて結論を出すことですぐに冷めないモチベーションを維持することができるようになります。付け焼刃の状態ではリーダーとしての役割はすぐ果たせなくなってしまいます。そう考えると世の中死に体の経営者がどれほど多いことでしょうか。イノベーションも起こせず同じことの繰り返し、考え抜く力さえ持ちえていない雇われ経営者も多いのです。

とにかくリーダーは基本的にだれよりも熱く、したたかでいるべきです。

もちろん考えに考え抜いて出した結論に対する自信と確信、そしてだれよりも熱く、その目的達成に対する執着心もだれよりも熱くなければなりません。ただフォロワー、部下の中には瞬間湯沸かし器のような短距離走はうまいが持久走は苦手(モチベーションが長く続かない、テンションが高く忍耐力が欠如)といった人もいます。そういう人がフォロワーとしている場合の注意点は、決してその人の言葉やつくりだす状況に振り回されないということが重要です。一見するとリーダー以上にやる気満々であったりします。さらにリーダーがだしたアイディアや方向性に付加してリーダーが予想していない方向へ行ってしまうことさえあります。これは要注意です。良い方向に行く場合はいいのですが、気分で動くので、まったく無駄だったりあるいはマイナスの結果をもたらすことさえあります。とにかく瞬間湯沸かし器の部下、社員、フォロワーは組織の一時的なカンフル剤として使用はしても使い過ぎると副作用が出てくるということも肝に銘じておくべきです。できることなら持久走ができる人につくりあげていくことがベストですが、なかなか性格や癖というのは簡単に変えられませんので、その特徴をよくつかんで生かすということが大切です。

みなさんがもし会社の経営者、上司、師匠などリーダーたる立場にあるとしたら組織の成員のだれよりも熱く、したたかに行動できていますか?熱くあることと、それを持続することこの両面がだれよりも優れているとしたら当然リーダーとして居続けても大丈夫だと思います。でももしそうでなかったらリーダーとしては交替すべき時期に来ているのかもしれません。不幸にもそのことに気づけなければすでに信頼のない死に体状態かもしれません。以前は進言する社員が多かったが、今はみんな素直に大人しくなったという状況の場合、すでにそういった状態にあるのかもしれません。みなさんがどういった立場にあるかにかかわらず、ぜひ参考になさってみてください。

2014年4月7日月曜日

マルチタスクな人生のすすめ

最近の若者を見ているとどうもひとつのことに集中はするが、いろいろなことを複合的に行うことはなかなか難しいように見受けられます。もちろん人にもよるが、その傾向は社会の随所にみられるのではないかと思います。

例えば食事ひとつ例に出すと、ごはんを主食としておかずを順繰りに食べるというのではなく、一種類のおかずを食べきって次のおかずに行くという流れです。極端な場合、ごはんだけ食べたり、味噌汁は最後に飲み干すといった具合にいろいろな味を複合的に味わうのではなくて、ひとつの味が終わって、次の味というような食べ方なのです。

こういった食べ方をさせないためには、カレーライスやなべ物などすでにごちゃ混ぜに入っている食事がいいかもしれません。韓国料理のビビンパ(ビビダ【混ぜる】+パプ【ごはん】)は食材の陰陽の要素をすべて混ぜることで調和させて食べるにはちょうどいいかもしれません。

私もこういったことを自分の子どもに見つけて、おやっと思ったのですが、他の人に聞いても結構そういった食べ方をしているというのを聞きました。子どもに言わせると味が混ざっておかしくなると言います。ごはんと食べる分には問題ないと思うのですが、そうでもないようです。

また私の学生時代は、受験勉強と恋愛は別物でした。もちろん、片方に偏りすぎるともう一方はおろそかになる、あるいはうまくバランスよくやっていたものです。さらには二人で勉強したりして(ほとんど口実ではあるのですが)仲良くやっていたものです。ところが最近の学生はひとつのことが完結しないと次の(他の)ことができないという傾向にあるように感じます。恋愛しない若者に訊くと、めんどくさいとか同性と遊んでいるほうが楽しいなんていう答えも返ってきます。確かに男女の関係というのは簡単ではないし、リスクもあることは間違いないわけです。でも人間は互いに異性を求めていくという本能的な部分は人間の三大欲にもあるように誰しも備わっているはずです。それをより合理的、効率的側面からだけ考えていくならば、恋愛や結婚というものは時間の無駄と考える人も出てくるかもしれません。

もうすでに若者という観点で取り上げた時点でジェネレーションギャップがあるのだとは思いますが、ちょっとここらへんで一休みして、おじさんといっしょに非効率的で非合理的な人生の側面というものも考えてみるのはどうでしょうか?実際、エネルギッシュで元気のいい人というのは仕事もプライベートも充実しているというイメージがありますし、みなさんの周りの人びとはどうでしょうか?食べる力、恋する(異性を食べる?)力、寝る(睡眠をむさぼる)力、これらはある面非効率なことがらかもしれませんが、人生においては必要不可欠なことがらであると思います。実はこの三点を私たちの先祖があきらめずやってきてくれたおかげで今の私たちがいるわけです。

健康でない人はこの三点がめんどくさいのです。あるいはすべてにおいてバランスを欠いた行動になっているはずです。少食であまり食べられない、あるいは間食みたいな食事しかできない。逆に過食で間食は別腹状態で肥満になってしまったとか。また健康でないと寝るのもぐっすり熟睡というのができません。当然そういった生活がきちんとできれば、恋愛に対しても意欲的になります。当然、現代社会は結婚も出産もそういった選択をしないということも一つの考え方であると思いますし、それは尊重されてしかるべきとは思います。ただこの欲望はある面人間関係のベースにあると言っても過言ではないと私は考えています。異性とのつきあいが得意な人は当然同性や年齢差を越えた人間関係も上手です。もちろん育った環境等によって対象として苦手意識のある人はいるでしょう。でもそういったことを克服する活力も持ち合わせていると思います。

ちょっと恋愛の話に偏りましたが、今回のテーマは“マルチタスクな人生のすすめ”です。マルチタスクというのはパソコンなどで複数のタスク(仕事、プロセス)を同時に立ち上げておいて切り替えながら実行していくことを言います。したがって人生もひとつのことだけを行うのではなく、いろんなことに人生を費やすことによってより充実して楽しい人生が送れますよという提案です。もちろん私はこれだけでいいという方に無理やりいろんなことをしましょうと促すつもりはありませんが・・・。

会社組織に不満があっていつもそういう意識で日々を過ごしている人は、まさにマルチタスクな人生にしていくことでそういった意識からの脱却を図ることができます。すなわち、会社での仕事は自分の人生の一部であって、あるいは一要素であって自分の人生の支柱は別にあるということが明確に分かれば精神的にとても楽になります。また会社人間、ひいては社畜となってしまうリスクから抜け出せることができるのです。私たちは社会の制度の中で生きているので、そこから抜け出すということは困難ですが、自分がコミットしたいことを複数持つということは可能です。ある人は仕事以外に家庭であったり、子どもであったりするわけです。ただ過剰にそこに依存するような状況になると家族をスポイルしてしまう可能性もあります。特に仕事で満足できない部分をそちらで穴埋めしようとするならば間違いなく問題がおきるはずです。仕事に対しての不満は仕事で解消することが大切です。仕事は家庭に持ち込まないなどという人がいますが、仕事や会社でのさまざまな出来事に不満がある人はその内容を仕事の分野で解消できなければ、家庭にその意識(思念)を持ちこんでしまいそれは家族に伝わってしまいます。

会社組織内で解消あるいは実現できる内容であれば、そこで頑張ればいいわけですし、そこでは実現は困難ということになれば、組織外でつくりあげていけばいいわけです。すなわち複数のタスクを楽しくこなせばいいのです。さらに会社での業務をこなしながらも自分の好きなタスク達成にその時間や思考を費やすということもできるのです。もちろん若くて元気のいい人なら仕事、恋愛、趣味などさまざまなタスクを楽しめばいいと思います。会社組織や上司、同僚、部下などへの不満がつねにあって、人生が楽しくないという人は、それだけに依存状態にあるひとです。タスクが多い人は嫌なことがあってもさほどダメージはないのです。なぜなら楽しいことがそれ以上に多かったりすれば嫌なことが意識に占める割合が少ないからです。

いつも忙しいと言っている人は実は忙しくない人です。嫌なことばかりやらされている(実際は自分で選んでやっているわけですが)人はやっていることが好きではないので時間も長く、自分の大切な時間を占有されているようで自分の時間がない、すなわち忙しいと感じるわけです。ホントに忙しい人はタスクがたくさんある人ですが、そういう人は楽しいことをたくさんしているので、忙しいという認識はなく、充実していると感じているはずです。

自分軸を確立していくためには、自分がどうなのかということを常にチェックすることをおススメしています。タスク自体が自分の意思、すなわちやりたくてやっていることなのか、やりたくなくて嫌々やらされているとおもっているのかで大きく違ってきます。結果もそうでしょうが、なによりやっている時間は自分の貴重な人生の時間であって、それらが後者の意識だとものすごくもったいないのです。少なくとも自分にとってメリットがあるタスクの遂行の仕方を考えるのがいいかと思います。たとえば、ある会議が全く無意味だと思うようなものであったとするならば、私は会議の参加者を調べて人脈づくりに活用します。会議の内容自体はどうでもいいわけです。そこに参加している彼(彼女)がどういった考えなのか、プレゼンのスキルは持ち合わせているのかとか・・・。まあこれは一例ですが、会社の業務という一側面だけで動いていてはとてももったいないのです。仕事(嫌な仕事であっても)を通じてなにか得ることができるものはないか探せば、仕事はすでに複数のタスクが実行されているということなのです。取引先に可愛い彼女がいて、うまくしとめたなんていう話を聞きますが、それも複数のタスクを同時にこなしていたということに他なりません。その人は彼女にあえるのが楽しくて仕事自体はモノにならなくても楽しく通っていたことでしょう。

会社人間、社畜からの脱却は物理的な要素以上に精神的なとらえ方が大きいのです。会社に生活の糧を依存しているという状況ではそれは無理と言われるかもしれませんが、逆に会社があることでもっと楽しいタスクも見つけられると意識転換すれば、見えてこなかったことがらも見えてきて楽しいタスクが増えていくのではないでしょうか?そうなれば人生さらに充実して楽しい時間をすごせるに違いありません。まず自分がやりたいこと、したいことを書き出してそのために自分の置かれた環境をどう利用するか、活用するか考えてみましょう。きっといままで嫌だと思っていたことがらまでも大きな利用価値のあるものに変わるかもしれませんよ。案外見ているのに見えてなかったものというのはたくさんあると思います。それこそセレンディピティ(掘り出し物)と言える価値を見出すことができれば人生、大逆転も夢ではありません。そのためにはいろんなことに関心をもって、中途半端でもいいのです。とにかくいろんなことをやって見なければ探すこともできません。理性などという小奇麗な言葉に惑わされず、本性のおもむくままに行動してみることも人生においてはとても意義深いものであると思います。