企業も企業風土も老朽化するとどうしてもその時代の要請にこたえてそれらを改革し、現代の経営環境に順応させることができる政策が必要です。高齢社会を迎え、さらに65歳定年制ということになってくればなおさら問題なのは、企業の組織内における老害の問題です。組織のご意見番ということで経営の一線からは退いていただいてたまに知恵を拝借ということならまだしも、相当の高齢にもなってなお会社経営のハンドルを握っているとしたらたまったものではないというのです。そういった老害の存在ゆえにいまだに経営悪化を防げず、改革に着手もできずという状況の企業は潜在的にはとても多いことと思います。
そういった経営者や幹部、役員には独裁的な人が多く、多くの社員が引退や辞任を期待しているにも関わらず、なかなかそれは実現できないのです。そういった独裁者に誰が引導を渡すのか、とても難しい問題です。誰かが明智光秀やブルータスになって刺し違えて引退をせまるなんてことはなかなかできません。みんなの声を代弁して訴えて具体的に政権交代しようと思ったら、その政権につくのは引導を渡した自分ではなく、他の人であったりするのです。集団はとても薄情です。個に対して平気でデリートするのです。実際の手を下した人ではなく、クリーンな人をまた持ち上げていたりするのです。それは次期政権でもちゃんとポストを確保するという独裁者の残党がちゃんと幹部の中にいるからなのです。彼らは組織で抹殺しやすい人を汚れ役にしたてて最終的にはポイ捨てにするのです。
改革の道具にならずに改革を実行し、次期政権でもちゃんと生きていけるようにするにはどうしたらいいのでしょう。もちろん汚れ役を踏み台にして次期政権を掌握した人も独裁者と同じ道をたどります。クーデターで政権を握ると、結果的にクーデターで倒されます。汚れ役を利用し、自分の利益を得た人を信用する部下はいないからです。改革の成功と組織風土のパラダイムシフトとその定着はしたたかさと決して独裁者にはならないという気概が必要です。そしてそのように行動するしか次期政権を握って、それを維持し続けることはできません。
組織改革において、誰かを踏み台にしたり、捨石にしたりするようなことをしてはいけません。独裁者は恐怖によって支配しているのです。それを勘違いしてカリスマとかいう人がいますが、実際、カリスマと恐怖政治は違います。恐怖政治を敷く人は、恐怖で人を従わせる、名目や思想を持っています。それが血統(血筋)であったり過去の実績であったり、なんらかの正当性をつくりあげているのです。それらは人びとを屈服させ従える理由になっているのですが、心の奥底から従っているわけではありません。また過剰なリスペクトは、人びとが理想とするモデルとかけ離れた部分が独裁者に見え始めると、まったく違う怨みの情と化すのです。
改革を成し遂げるリーダーには大衆の過剰なリスペクトもカリスマ性も要りません。必要なことは大衆に対する愛情と自分ではなにもできないという現実を見る力です。それがみんなで成し遂げるという意識となって互いを信じる意識や力になっていきます。組織で独裁者がのさばる理由はその独裁者のパワーを利用する、あるいはその恩恵に預かっている取り巻きがいるからなのです。そして彼らを信奉する信者たちが組織の末端までいるからなのです。独裁者の老害をもっとも実感しているのは側近もいますが中間管理職たちです。現場にも精通しなおかつ上層部の状況も見えている人びとです。
組織改革の危険性は独裁者とその取り巻き、そのシンパです。彼らの毒牙にひっかからないように組織改革は進めていかなければなりません。すなわち敵のレーダーにひっかからないステルス機のように行動しなければならないのです。ホントに信頼信用できる人材だけを中心に行うしかありません。いつ寝返るかわからないような貞操観念のない人材は気をつけなければなりません。旧東欧諸国で地下活動がなされたのも独裁者がつくりあげた思想に合わない行動をする人は粛清されるからです。地下活動をする際、もっとも危険なことは家族であろうと密告者が出るのではということです。洗脳は血筋を越えるのです。
独裁体制の政権下での話は決してどこかの国のことではなく、身近な企業に普通にあることでもあるのです。組織はある面、政治的人間関係でなりたっています。人間で形成された組織はすべて政治です。今一度組織をシビアに見つめなおすことはとても重要です。組織改革は絶対的にステルス戦略が必要です。改革を目指すその人的基盤がメジョリティを占めるようになったとき、徐々にその存在をほのめかしながら個ではなく全体の力でひっくり返すということも一つの手です。もちろん具体的には独裁者自らが集団によって血祭りにあげられるという恐怖を感じて退くという流れが理想的です。誰かが独裁者の怨みの対象になる必要もなく、独裁者の残党を牽制するのはあくまで既存の政権に反対する大衆であるということです。
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