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2013年6月1日土曜日

人間って死んだらどうなるの?①

今日はいつもと趣向を変えて漫談テイストな話をしてみたいと思います。いつもPSIブログを愛読してくださっている方々はちょっとビックリされるかもしれません。えっ、いままでさんざん会社経営だの組織だの、教育だの、はたまた真面目に人生観を論じてきたのに、ここに来てオカルトですかなんて愕然とされるかもしれません。あるいはカルトチックなことをやたら批判してきたのにそんな不確定なことを言ってしまったら宗教、あるいは内容によってはカルトじゃないですかと言われるかもしれません。もちろん私は不確定なことは絶対に断言しません。もちろん宗教的な理由から信じておられる方を批判するつもりもありません。

真面目でかつ、ちょっとうんちくのあるような話をしたいと思うのですが、いずれにせよ人間として生まれたからには絶対避けて通れないのが「死」の問題です。そもそもこの死の問題に関しては誰しも普段の中であまり話題にしません。でもみんなが一度はおそらく考えたり、悩んだりしたことはあると思います。私はそもそも小学校低学年のときにおばあちゃんに可愛がられて育ったことも原因かもしれませんが、とても死に対していろいろ悩んだことがあります。2歳のとき、曽祖父が亡くなりそのことも覚えているのですが、やがて可愛がってくれる祖母との別れもいつも考えながら過ごしていました。

もともと死んだあとは無になる、死後の世界などというものは、ハナから信じなかった私は夕暮れ時になるとよくうつ状態に陥り、ひとり夕日を見ながら涙を流していました。なぜかと言うと死によって自分という存在がなくなるというどうにもやりきれない思いと恐怖心からです。でも死んだらどうなるのとは親には一切相談できませんでした。なぜなら答えが出ない質問であることを知っていたからです。祖母はそんな私をみてどうして泣いているのかと声をかけるのですが、絶対にその胸のうちを明かすことはできませんでした。

今回、死をテーマに選んだのは、私の中にいずれ触れなければならないテーマのひとつという考えがいつもあったからです。そしてそのテーマ自体があまりに重いのです。ですからそれは精神的にホントに落ち着いているときでなければ、なかなか書けないものです。でも今日たまたまそういう心境にいたって今キーボードを叩いているわけです。

年間日本では3万人の方々が自殺という人生の終わり方を選択しています。その理由を簡単に経済問題だとか、病気、人間関係だとかいろいろ言われはしますが、ホントの理由は本人しかわかりません。おそらく死をもってしか解決できないという状況に追い込まれたということは言えるのではないかと思います。日本は物質的にはかなり豊かになって、どんなに悲惨な状況になっても生活保護もありますし、なんとか生きていける国です。でも豊かであるがゆえに、物質的な問題ではない精神的な悩みが多くなっています。まさにマズローの欲求5階層説でも指摘されるように、すでに日本人はより内的な、本質的な問題で悩む時代になっています。

普段、死の問題を気にしながら生活している人は熱心に宗教をしている人くらいしかいないでしょう。ところで日本の宗教人口はゆうに2億人を超えているようです。日本の人口の2倍になるというわけです。それは考えれば納得できます。日本人は育った近くの神社の氏子として登録されていて、なお仏教の檀家にもなっていたりするわけです。そして学生時代や成人して、へんな宗教(失礼)に引っかかればひとりが3つも宗教法人に登録されていたりするわけです。宗教もころころ変わったりすれば、もっと多いかもしれません。いちいち脱会でもしない限り除名されることはなかったりしますから。私も学生時代や若いころに誘われて入会してしまった宗教を入れればもしかしたら4~5つくらい宗教をもっていることになっているかもしれません。もちろん今は特定の宗教には属していない状況です。

宗教は実際の信徒数より多い数になっていてあたりまえと考えるべきです。もし信徒数によって固定資産税みたいに税金がかかるようになれば、宗教は実際の信徒数をもっと正確に把握しようとするかもしれません。ただカルトチックな宗教ほど虚勢を張るので実際の信徒数より大きな数の信者が所属しているようになっているはずです。日本には国教というものもありませんから、宗教の数は増えるいっぽうです。でなぜ日本はカルト宗教が増えたりそれに入る人があとを立たないかといえば、やはり国教がないということと普段の生活が宗教意識とほど遠いため、逆に入りやすいのだと思います。ロシアで某カルト教団が大きな基盤をつくったのも共産主義というひとつの思想が崩壊してそのぽっかり空いたところにたまたまその教団の思想が入っていったということを言う人がいます。日本は雑多な宗教がある反面、ホントの意味で宗教をもっている人がいないという状況なのでカルトな思想が入り込みやすいのです。

国教があったり、宗教がベースとなっている国々は、すでに国民全体が共通した死生観というものを共有しています。でも日本人はさまざまです。それはすばらしいことなのですが、宗教がない事によるカルト宗教の餌食になりやすいというリスクも抱えています。だからと言って国教つくれとか言うつもりもないですし、何かここで宗教を立ち上げようというわけでもありません。PSIのコンセプトは不確定なことは断定、言及しないということなので。ただこの問題に関しては絶対避けて通れませんし、そのことを回避しての人生の喜びというのはホントの意味で深みがないと思います。したがっていずれ取り扱わなければならないテーマなのです。

なにか漫談テイストな話にしようと思いつつ、やはり真面目で深刻な話になってしまいますね。とりあえず重いテーマなので今日はこの辺にしておきます。

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