最近は日本もフラットな文化が根付いてきて、会社の会議なども、とてもフランクに誰でもが発言できるような雰囲気の会議も多い。それでも末端の社員が会社に対して忌憚のない発言ができるかというとそれはなかなか難しい。
経営者は社内で役職者の意見にだけ耳を傾けるのでなく、末端の平社員の考えや発言こそ耳を傾ける価値がある。なぜならば、ベテランの役職者になればなるほど、経験というものにとらわれて新しい風を起こすことは困難であるからです。もちろん既存の案件や問題への対処は経験に基づいた対応が不可欠で上位者の手法はとても重要です。しかし長年にわたる既存の手法が老朽化し市場で通用しなくなったという現実を認識することができたとしたなら、早く新しい風を社内に送り込んで改善していかなければなりません。その際、必要となってくるのが経験にとらわれない、すなわち経路依存の考え方ではない新鮮な感覚や思考が必要となってくるのです。
長年にわたり経営トップにいるとすでにその位置は埋め込まれた状況にあり、いつの間にか自分で経営しているのでなく、信頼しきった側近という存在が常に助言という名の指示を出し、実際は社長であるにもかかわらず、院生を敷いた実力者によって自由に動かされてしまっているロボット経営者になってしまっているケースもあります。そういう状況ができあがっている場合、会議はどんなに意見を述べたところで、社長と影の社長との間ですべてが決まってしまうということが往々にしてあります。この影の社長というのも会社によっていろいろなケースが考えられます。会社によっては、株主がやたら経営に介入する場合もありますし、社内の経理部門がその力を持つことがあります。また人事部門もそういう立場に立つことも考えられます。いずれにせよ、そういった部門は社長の裏の部分をよく知っているので、社長も強く出れないということもあります。
上記のようなケースを考えると、家族経営や同族経営というもののメリットもあるように思われますが、それはそれで家族や親族でない者たちが経営トップになれないという問題もあり、社員のモチベーションの問題もあります。またそういった企業は独裁になりやすく、ホントにモラルの高い経営者でなければ、コンプライアンス違反がどうしてもおこりやすい風土になってしまいます。もちろん日本の中小企業の高い技術の伝承や伝統芸能などのようなものは逆に生活をともにするほど密接でないとなかなか実現できないこともありますから一概には言えません。
いずれにせよ、一般的に会社は法人という公器であり、その会社に関係するすべてのステイクホルダーのための存在と考えられます。日本ではいままで会社はだれのものかという議論がずっとなされてきましたが、アメリカのように株主が最大の実権を握るという風土は受け入れがたいものとなっています。やはり聖徳太子のことから和をもって尊しとなすで、会社もみんなのものというところで組織の成員のモチベーションも帰属意識も維持されているように思います。
ヒエラルキーのある鋭利なピラミッド組織の会社は血の通わない同族経営のようになってしまってとても人間に対する扱いが非人道的になりやすいキライがあります。軍隊はもちろん、人を戦力、駒という観点でとらえますのでそれはまた別途に論じなければなりませんが、軍隊はそういう組織づくりであると私は考えています。企業は軍隊ではありません。感情も事情も一切抑えて行動するなんてことはできません。したがって、ピラミッド式の組織形態をより裾野を広げてフラットに近い状態にもっていくということは、経営者としてより問題ない組織にするための知恵であると考えます。
また会議でも硬直した状態をなるべく脱して自由闊達な意見交換ができるようにするにはフラットな組織ほどいいということがわかるはずです。経営者の独裁色が強い組織の会議はほとんど一部の権力を共有する人びと以外からの意見は出ません。多くの社員の意識の中には
「言っても無駄」とか「言える雰囲気でない」、「この会社のために意見する気はない」……
など、ひどい場合には社員の多くが会社の業務にコミットせず、ルーティンだけこなし、次の転職や独立を考えているなんてことも往々にしてあります。でもこういった会社のトップや役職者はそういった部下の動きはまったく見えず、あるとき、いきなり有望株だった社員からの辞表を受け取ることになるのです。
リーダーは孤独だとかいう話がありますが、特に独裁者はそうなります。独裁者の場合は人格ではなく、権力で周りを屈服させているので、本人もそれをわかって、自分がホントに好かれていないことをわかっている人もいます。一番信用できる側近から裏切られる不安をつねに抱えつついるのでまさに孤独です。私はリーダーと独裁者は分けて論じています。リーダーは旧体制派から殺され、独裁者は新しいものを望む民衆から殺されるのです。リーダーはフラット思考の役割分担型です。独裁者はピラミッド型の権力志向です。ただリーダーで居続けるのか、最終的に独裁者の烙印を押されるのかは最終的に本人の考えで決まると思います。さらにリーダーとなったら、自分が独裁者になってしまう危険性を秘めているという自覚をつねに持つことが重要だと思います。
話が組織形態や経営者の話になってしまいましたが、そのことに関しては折々お話していきたいと思います。今回論じたいのは会社経営の中核をなす社内の会議に関してお話するつもりです。会社経営には必ず企業理念、経営方針をベースとして経営が行われていきます。その際、会議によってあらゆることが決まっていきます。最近では会議は社内の認証の場で実行する内容の確認だけだという会社もあります。でも基本的には会議でさまざまな案件が議論され、決定された事項が具体的に業務内容として実行に移されます。
ダメな会社はやたら会議が多いとか、会議のための会議をやっているとかそういう話もありますね。確かにある程度方向性がでてノリに乗っている企業ならもう会議する時間ももったいないですし、会議の時間を最小限にして、それで経営が回るのなら理想的です。もちろんそういうケースもありますが、会議で会社経営の重要なことがらが決まっていくことも事実です。では会議をより有意義にして実りあるものにしていくためにはどうしたらいいのでしょう。誰かの独断で結論が押し通されるというより、社員のほとんどが納得できる結論を導出することができれば、それはとても有意義な会議の時間となると思います。そうするためにはどのように会議をすすめたらいいのか、じっくり考えていきたいと思います。
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