つい最近、女子柔道の15人の選手が女子柔道代表監督の園田氏に対して暴力を受けたことを集団で告発するという問題が起こりました。前回までお話していた大阪市立桜宮高校の体罰による自殺問題に引き続き、またかと思わせるようなできごとです。
今までスポーツの世界では、体罰などという内容は間違いなくあったのですが、半ばタブー視されてきました。私自身も経験したことなので、はっきりと断言したいと思うのですが、社会的にはそれは明るみに出ることはあまりなかったわけです。今回の女子柔道の選手たちによる告発も桜宮高校の一連のできごともおそらく引き金になっているのではないかと考えざるを得ません。今回告発した女子選手たちの実名をJOCは非公開にしていますが、それは当然のことと考えます。なぜならば企業の不祥事などもそうですが、告発した者は必ず保護されるべきなのに、結果として仕事しづらい状況に追いやられ、社員からは裏切り者のようなレッテルを貼られ、最終的には退職せざる得ないことになってしまうのです。
実際、告発者は大衆の意見を代表しているにもかかわらず、大衆は彼を見捨てるのです。いじめがなぜなくならないか。沈黙を守る集団の圧力はいつも加害者側に立ってしまうからなのです。正しいと思って声をあげるとみんなの気持ちを代表しているにもかかわらず潰されてしまうのです。私は中学校のときある運動部に所属し、伝統的に行われてきた体罰に匹敵する儀式を受け、あまりの悔しさに両親に話したところ、両親は学校に訴え、すぐに私がチクッたという話で学校中が持ちきりになりました。私はそのことをある程度予想して、両親には絶対学校には言わないでと言っておいたのですが、やはり親は心配だったのでしょう。ちょうどそれが一年生の入部当初の話だったので、周りの目はとても冷ややかでものすごく辛い思いをしたことがあります。一年生の半年くらいは学校に行くとみんなが私の悪口、陰口を言っているようで、言葉では表せられないほどの苦しみがありました。でも私に非があるわけではないので、気丈に振る舞い、まったく変わらない姿勢でクラスメートや友だちに接し続け、やがて彼らもいままでの友だちに戻ってくれました。それで針のむしろのような生活からは解放されました。
未だにあのときのことを振り返ると苦しくなって思い出したくありません。聖書に出てくるイエスキリストが十字架を背負ってひとりゴルゴダの丘をめざすとき、いわれなき中傷誹謗を受け、石を投げつけられて誰一人として自分を理解する人はいない、そのような心境でした。こんな喩えをすると、次元が違いすぎて敬虔なクリスチャンの方々にはお叱りを受けるかもしれませんが、自分にとってはそれほどたいへんなできごとだったのです。全校生徒を敵に回し、力になってくれる教師は一人もいないどころか、担任のせいで私のチクリだとレッテルを貼られ、本当に辛い思いをしました。
でも私はあのときのことがあるので、とても強い人間になれた気がします。あのときより苦しいできごとは未だに遭遇していません。またPSIで中心的なフレームとしてあげている「どう思われてもいい」という考え方はそのときの体験がベースになっているということもあります。また自分が平然として変わらなければ、いずれ周りが変わるのだという体験もしました。だから今いじめられている人がもしいたら、どうしたらいいかお話してあげたいです。強く気丈に誰が理解してくれなくても、あなた自身があなたを守ってください。神を信じている人は、誰が理解しなくても神様は見守ってくれていると信じることはとても素晴らしいことです。
ちょっと私ごとで長くなりましたが、今回の女子柔道の集団での告発は、ある面画期的なできごとであったと思います。なぜなら告発者が多いからです。企業の不祥事を告発した例で、北海道のミートホープ株式会社の赤羽さんのことを思い出します。彼は自分自身も逮捕されるのを覚悟して社長の食品偽装を告発した人でした。彼の戦いは行政との戦いでもありましたし、取引先まで敵に回して、すなわち組織論理で動く馬鹿でかい存在との戦いでした。最終的には彼は会社を辞めて自分の心に従って正義を貫きました。企業の告発者の多くは正しいことをしたにもかかわらず、犠牲になっています。本当に理不尽極まりないことだと思います。でも今回の女子柔道の告発者はひとりではありません。権威や権力をもつ指導的立場にある人や、組織という強固な相手に立ち向かうには数の論理しかありません。よく15人もの人が一つになって告発できたなと感心せざるえません。と同時にどれほど監督が人心を掌握できず暴力まで使ってみんなに不満をもたれていたかあきれる次第です。もう告発があった段階で、留任なんて選択肢を考える方が馬鹿です。15人という数が自分たちが守られる最大の力です。とにかく告発した女子柔道の15人は絶対に保護されるべきであり、大好きな柔道が続けられる環境をJOCも全柔連(全日本柔道連盟)も全力をあげて整えるべきであると考えます。
ちなみに私は中学校に入って問題が起きたその運動部から別の運動部への転部を余儀なくされ小学校時代から描いていた夢ははかなく散ったということを付け加えておきたいと思います。
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