会社やその他多くの人間で構成される組織にはさまざまな人間関係があります。それは人それぞれの千差万別な性格や多様化した価値観のゆえに複雑怪奇とでも言っていいほど理解しがたい人びとも数多くいます。
日本も戦前や戦中の全体主義的な時代ならともかく民主主義が定着した現代では、さまざまな考え方の人を受け入れていかなければ人間関係も会社や組織、また社会も成立しません。もちろん、自己中心的で他者に危害を加えるとかそういった反社会的な性格の人やそういう要素を帯びた組織は当然安全な社会のためには排除されるべき対象ですが、そうでなければ極力うまくやっていく必要があります。
金持ち喧嘩せずという言葉がありますが、これは半ば逃げ口上の一つのようにも聞こえます。ぶつかることを避ける、でも逃げてるのではないという自己正当化とさらにやたら喧嘩をふっかけてくる人に対して見下した言い方でもあります。まあ確かにやたら感情的になって人とぶつかりやすいというのは決してレベルが高い行動とは言えないでしょう。ある面、面白い言葉です。
ただぶつからないことがとても善いことかというとそれも人間味に欠ける感じも受けます。あるときはぶつかってみるのもいいかも知れません。私は大学院に行ってやっとディベートの意義を認識しました。議論することはとても重要です。ただ重要なことは不必要に感情的になって喧嘩をするようになるとこれは本末転倒でよけいに結論は出にくくなります。また結論が出ても自分の意見が通らなかった人は気分がいいはずがありません。アカデミックな世界では互いの成長、向上のために逆に自分とは違った意見を求めるというのもあります。したがって、会社の存亡を欠けた決断や株主総会などでの議論は当然大学のディベートとは違う次元の話になりますし、紛糾して怒号が飛び交うなんてのも理解できます。
そういったさまざまなシチュエーションでどういう行動に出るのがPSI的には賢いのかということを考えてみたいと思います。PSIでは自分軸ということをとても大切に考えています。そして根底は自分の信念を曲げてまで相手の言うなりになるということは避けたいということです。すなわち魂まで売ってしまうともうそれは自分軸どころか他人軸で行動し他者に翻弄される人生になるというリスクもあります。ただプライドをどこまでも押し立てて、相手とずっと平行線のまま行くことがいいのかどうなのかという場合もあるでしょう。
八方美人は敵を作らないのですが、ホントの味方はいません。ただのいい人です。すなわち人畜無害だけどその人について行こうなどという人はあまり現れません。信頼がある人はある面、「まっすぐな人」です。頑固というよりいい意味での貞操観念をもっている人ということです。
PSI的には自分軸を立てることを考えるわけですから、当然自分をとりまく環境の中に自分を理解しない人もいてかまいません。というより全員が全員自分を理解し自分を受け入れるような人がいたらその人はホントの意味で仕事はしていない人かも知れません。
会社やさまざまな組織において、ある程度の協調性、それは人間関係のスキルですが、必要であることは間違いありません。しかし八方美人になってとにかくすべての人からよく思われようと周囲に気をつかいまくるのは決して良策ではありません。
あまりに自分と正反対の価値観をもっていれば、どう考えても意見が合わないということは当然あります。どこまでも平行線です。これは通約不可能性といいますが、どこまで議論しようが結論は出ません。そこで自分の意見を曲げるのではなく、あくまで自分はこう思うと貫き、もし相手の意見が尊重されて用いられたときは従うしかない場合も出てきます。もし自分の方法が正しい、あるいはよりベターであり、相手の方法が間違っているとするならば結論が出たときに皆が自分に賛同してくれるはずです。
また議論している内容が結論に至らない場合は半ば妥協したように見せてさらに抽象度を高めて大同小異であるとするかたちで合意に導くという方法もあります。上司が頑固でどうしても考えを曲げない場合、ある程度のところで素直に従うのも策です。最終的に上司の方法で失敗すれば、上司が責任を取ることになるので。経営者が同じようであるならば、会社の経営自体の問題になっている場合もあります。その場合、いずれこの経営者なら会社は行き詰るという認識で早く独立なり、転職なり準備をする動機づけになったと考えてあまり会社の業務コミットせず、自分の人生を考えるという流れもあります。
かなり極論的な展開になりましたが、本来会社は経営者が理想とするかたちで人材も組織もつくり上げていくものですが、会社が大きくなるにつれ、価値観の違う人びとや世代が入ってきます。その場合、経営者のトップダウンだけのマネジメントではうまくいかない状況も出てきます。また経営者自体も最初の理念とは大きく外れて迷走していくという状況も生まれたりします。
PSI的にはあくまで組織の存続以上に個に焦点をあてて考えています。個、すなわちひとり一人がしあわせにならずして組織の存在意義はないという観点です。さらにいうならば、あらゆる組織は個のしあわせを無視して存在価値はないと考えています。それは組織外の人=組織内の人という観点から企業の存在意義のひとつにある社会貢献性ということにも同じ観点であると考えます。もともと経営学は経営者の立場に立った学問です。最近ではやっと顧客満足<従業員満足とか顧客満足実現のためには従業員満足という観点がささやかれ始めました。
ピーターセンゲという学者が最強の組織は学習する組織であると言っています。個人個人の自分軸がちゃんと立って、さらに時代の流れに取り残されないようにつねに学習する個人が集まって形成された組織がもっとも強固な組織ではないかと思うのです。もちろんそういった組織がはたしてあるのかどうかは分かりませんが、少なくとも個人においては自分軸を立てて行動していきたいところです。そのためにはすべての人と仲良くして、敵がまったくいない、そういった妄想はやめて自分のカラーをちゃんと出して、尚且つ協調性というスキルを駆使しながらうまく行動していくことが重要なことだと思います。
したがって嫌いな人にわざわざ媚びて取り入るよりも相手の方が逆に寄ってくるくらいの自信と魅力を兼ね備えた人物になるよう努力したいものです。そのためには自己流でなく、自分流で自然体で素のままで行動し人間的な部分を隠さず出してしまうのがより効果的であると思います。
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